【第1回 受験のキッカケ】偏差値35から1年浪人をして上智大学に逆転合格した合格体験記まとめ

こんにちは。

クレドアカデミー の渡部です。

今回は、

僕が高校3年の11月の段階で偏差値35だった状態から、

1年間の浪人生活を経て上智大学に合格したエピソードを

詳しくお話していこうと思います。

 

最初に伝えておかなくてはならないのですが、

長くなります。

ただ、

今成績が悪い、受験が辛いという人が読めば勇気も出るかと思いますので、

ぜひ読んで欲しいなと思います。

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お前誰だ?という人のための渡部のプロフィール紹介

「お前誰だ?」ということにもなると思いますので、

ざっと僕の人生を箇条書きでまとめてみます。

  • 東京生まれ、東京育ち
  • 5人兄弟の末っ子として育てられる
  • 小学校2年〜高校3年の8月まで野球をしていた元球児
  • 中学、高校と合唱などもしており、歌が好き
  • 高校受験は一般推薦で偏差値48の部活が盛んな高校に進学
  • 高校3年の冬に大学受験を決意して、浪人を経て上智大学に進学
  • 大学進学後、東南アジアボランティア・ヒッチハイクなどをする
  • 大学1年の冬、自宅が火災に合う(死者怪我人はゼロ)
  • 大学2年で現在運営中のクレドアカデミーの前身となる塾を創業
  • 大学2年の秋、同学年の仲間と3人で会社を起業
  • 現在は起業した会社でクレドアカデミーをはじめとした経営に携わっている

このような感じです!

これ以外にも、いろいろなエピソードがあるので、

またいつか紹介できればいいかなと思います!

 

では、僕の大学受験の記憶を振り返っていきましょう!

高校3年 大学受験を決心するまで

公務員が多い家系で大学受験は眼中になかった

もともと僕は大学受験など全くするつもりはありませんでした

というのも、

兄弟がたくさんいるのですが、

ほとんどが公務員として働いているのです。

 

また、親戚は消防士が多く

毎年のお正月になると、

消防士の仕事の話がほとんどなんですよね。

 

記憶が3歳くらいからあるのですが、

お正月に親戚と話しているときは7割くらい消防の話でした。笑

自分は消防士になる以外の選択肢がないと思っていた

消防士だらけの環境で育つとどうなるでしょうか。

自分も将来は消防士になる!!

という思考になってしまいますね笑

完全に僕自身がそうで、

小学校6年生くらいから消防士になると言っていました。

 

小学6年生の頃の卒業文集には

「夢はプロ野球選手になること。無理なら消防士になりたい。」

と書いているほど。

 

中学3年生の卒業文集には

「夢は甲子園に出ること。できればプロ野球選手になりたい。無理なら消防士になりたい」

と書くほどでした。

 

高校3年の7月の進路相談では

専門学校に2年行って消防士になろうと思います

と担任の先生に言っていました。

 

野球のこと以外よく知らない野球少年でしたね。

本当は消防士になりたいと思っていなかった

ただ、「本当に消防士になりたいか?」と

自問自答をすると、

消防士になりたくはない」というのが本音でした。

 

消防士という職業は今でもかっこいいと思いますし、

全く嫌いではありません。むしろ好きです。

自宅が火災にあったことがあるのですが、

その時は消防の方に助けていただきました。

本当に感謝しています。

 

それでも、自分が人生をかけてやりたいことが、

消防の仕事かと聞かれれば、

答えはNOでした。

経営者だった父親の存在

自分が消防士として働くことに前向きでなかったのは、

経営者だった父親の存在がありました。

 

兄弟がほとんど皆んな公務員として働くのが

うちの家の特徴でしたが、

父親は、ある会社の経営者だったのです。

 

僕は末っ子として育ちましたが、

いつも父の背中を見て育ちましたし、

父は僕のことを非常に愛してくれました。

 

そんな生活をしている中で、

高校1年の冬に父は病気で亡くなってしまいましたが。

 

大好きだった父が亡くなったことは本当に辛かったですが、

亡くなってからも

経営者ってかっこいいな。俺も経営者になってみたいな。

という思いが、どこかあったのです。

 

それでも「自分の学力的に大学は無理だし、消防士の選択肢しかない

と自分の進みたいと思う人生を行くことを諦めて、

親がお金を出してくれれば入れる

専門学校に行くことを決めていました。

高校の野球部を引退してからの転機

しかし、高校3年の秋、

ある出来事がきっかけで

大学受験をすることを決意しました。

 

小学2年生から高校3年まで野球少年として、

勉強などは一切せずに野球に打ち込んでいました。

 

高校野球はとにかく大変で大変で。

結果を出すために努力するのだけど、

なかなか結果が出ない。

肉体的にも精神的にも本当に辛かったです。

しかしその苦しみの分、

喜びも楽しみも大きく、非常に思い入れが深い青春時代でした。

 

高校3年で野球部を引退すると、

「あれ、自分は何をしたらいいんだろう?」

と思うようになりました。

 

野球以外の事をしてこなかったので、

他に何をすれば良いか良く分からなかったのです。

 

野球部を引退した後は、何かしたく

文化祭の実行委員長として動く事にしました。

最後に野球以外で高校生活を楽しんで終わろうと思ったのです。

 

この決断が僕の人生を完全に変える事になったのです。

 

文化祭実行委員長として動くのは楽しかったです。

しかし、野球部を引退して時間ができてから

自分、消防士にはなりたくないかも。

と思うようになったのです。

 

野球をしていた時間が無くなった分、

自分自身の今後に向き合うようになったのですね。

本当に好きだった女の子

当時、僕には大好きだった女の子がいました。

文化祭の実行委員で同じだった子です。

Aさんと呼びましょう。

 

野球部を引退した後は、

とにかく残りの高校生活を楽しもう!

と考えており、

「Aさんともっと仲良くなって付き合いたい!」

ということを本気で思っていました。

 

大学受験をせず、

勉強をしようとは思わなかった僕は、

ひたすら文化祭に打ち込んで楽しむことができる状況でした。

 

歌が好きで、アカペラを野球部の同級生としたり、

いろいろな企画を考えてみたりと、

様々なことを当時楽しんでいましたね。

 

高校野球も3年間やり通し、

部活を引退した後は文化祭の準備で

ひたすら動いて遊ぶという日々を送っていました。

 

ただ、心のどこかででモヤモヤした気持ちがあったのです。

大学受験に向けて勉強するAさんの存在

同じ文化祭実行委員のAさんですが、

Aさんは同時に大学受験に向けた勉強も頑張っていたのです。

 

僕の心としては

あの子は受験を頑張っているのに、自分はお金だけ払えば入れる専門学校に進学する

という事に後ろめたさを感じていました。

 

それでも

「勉強をしてこなかった自分では大学受験は無理。専門学校しかない」

と思って完全に諦めていました。

 

後ろめたさや自分の本音を隠すように、

ずっと行きたかった甲子園に足を運んだり

友達と遊んでみたり、

自宅の庭をDIYをして遊んでみたり、

文化祭の準備などで毎日明け暮れるようになりました。

 

今思えば楽しかったですが、

ただ時間潰しのために遊んでいた面も大きかったなと感じますね。

文化祭当日の夜に屋上で告白。その結果は?

Aさんのことは、本当に好きで、

正直、

告白したら絶対に付き合えると思っていたのです。

周りの友達にも「絶対いける」と言いふらし、

自信満々で文化祭当日の夜に

告白することを決意しました。

 

「告白してOKが出たら、卒業までバイトして遊んで高校生活を終えよう!」

と考えていました。

 

この望みが叶うのであれば、

自分は消防士になっても良いかな

ということすら考えていましたね笑

 

文化祭の当日、告白することを決心して告白。

 

 

結果

ごめん。今は他に好きな人がいる。。

 

 

あっさり振られました。

振られたことがショック過ぎて、頭は真っ白に。

 

「頭が真っ白になる」

という言葉はよく聞く言葉ですが、

本当に真っ白になるんですよね。

思考が完全に止まる感覚です。

 

高校3年の夏の夜遅く、

なんとか考えを落ち着かせようとしましたが、

どうしても落ち着きません。

 

「これからどうしようか。あー明日から気まずい。友達に言ったら笑われそうだ。てか明日から今じゃないか。あー今まで楽しかったな。」

 

まるで死ぬ直前の人みたいですが、

あれこれ考えながら、

夏の夜、自宅までゆっくりと歩いて帰った記憶があります。

 

高校生活、最後の夏は本当に青春でした。

これからの人生をどうしようか、なんてことは一切考えず、

ただ目の前の楽しみに時間を使っていました。

振られたことがきっかけで大学受験を決意

ここから、本格的に大学受験のエピソードに入っていこうと思います。

今までのエピソードは、

僕の大学受験の記憶からは

切って離すことのできない大切な序章でした。

フラれてから大学受験を決意するまで

フラれた翌日

我に返って進路のことを考えました。

「専門学校も行きたくないし、公務員にも別になりたいと思わない。」

これが僕の本音でした。

 

野球も引退して、

楽しみにしてた学校行事も終わり、

挙げ句の果てに大好きな子にも振られるという事態。

 

これから人生どうなるんだろ。専門行くとしたら卒業まで半年暇すぎる。

何かしたい。何かしなければならない。

そんなことを思っていました。

 

少し考えて、

「大学受験しよう。今からじゃ間に合わないから浪人しよう。」

と思ったのです。

 

大好きだった子が

大学受験の勉強を頑張っていた

という理由もあります。

 

「Aさんは頑張って勉強しているのに、俺はただ楽しんで勉強もせずに進路が決まる」という事実に後ろめたさを感じていたこともあり、

受験をすることに迷いはありませんでした。

周囲からの応援と反対

まずは先生に
浪人を前提に大学受験をします
と報告。

 

担任からは凄く反対されました。

「無理だと思う。キミじゃ厳しい。」

本音で、率直に言われましたね。

 

僕は何も知らなかったので、

反対されても「俺はやるんだ!!」という思いしかありませんでした。

 

次に母親に

大学受験をさせてください

と言うと、

「急にどうしたの?」

と言われ、少し悩んだ様子でしたが、

結局了承してくれました。

 

本当に感謝しかありません。

昔から放任主義でしたが、

様々な面でいつも子供達を支えてくれた母です。

 

父が亡くなった時も辛いはずなのに気丈に振る舞って、

手続きやあいさつ回りをテキパキとこなし、

裏では一人泣いていました。

本当に偉大な母です。

 

また、経営者として仕事をしていた父の存在がなければ

大学受験をするということすら考えませんでした。

 

いつも愛してくれた父がいたから、

その背中を追って大学受験をする道に進むことができたのです。

両親には本当に、感謝しかありません。

どうせ目指すならば難関大学がいい!

大学受験を決意したものの、

「そもそも大学受験ってどんなことするの??」

というレベルの知識量でした。笑

 

志望校を決めなくてはならないですね。

ただ、志望校を決めることができないほどに

当時の僕は大学を知りませんでした。

 

知ってる有名大学は、

東大、早稲田、慶応、MARCHくらい。

MARCHも、明治大学くらいしか知らず、

難易度がどれくらいの大学かも知りませんでした。笑

 

ただなんとなく

「どうせ目指すなら難関大学がいい!」

という考えがあり、高校の野球部の顧問に相談をしました。

 

僕の考えの中に、

早稲田や慶応を目指すのはベタ過ぎるから嫌だな。ビリギャル流行ったし。でも明治は違うなぁー。東大は国立だから絶対無理。

という考えがありました。

今思えば大学の選択肢が少なすぎて面白いですね笑

 

あまりにも大学が分からなかったので、

野球部の顧問に相談をしてみました。

「上智はどうだ?」高校の恩師の言葉で第一志望決定

あまりにも分からなかったので、

高校の野球部の恩師に相談してみると

最初は偏差値が40くらいの大学を勧められました。

 

本当に頑張らなければ絶対に行けないような大学に行きたかったので、

最初に指定された大学では不満でした。

 

すると今度は、

上智はどうだ。良いんじゃないか。

と言われたのです。

 

「上智?どこの大学?多分あんまり頭良いところじゃないんだろうな。」

そんなことを思いましたが、一応調べてみることにしました。

 

調べてみると、

「偏差値60~65」

という数字。

 

「おお!高い!難しそうな大学だ!」

と、率直に思いました笑

 

流行りのグローバル系のこともやってるし、偏差値意外と高いし良さそう!早稲田でも慶応でもなく上智ってなんか渋くて良いかも!?」

と思って上智大学を第一志望として選択しました。

「俺、上智行くわ」とひたすら宣言

当時は成績が悪すぎて、

自分の実力も現実も分かりませんでした。

 

とにかく謎の自信に溢れていたのです。

周りには「上智行く!」と宣言していましたが、

何をすべきかは分かりません。

 

勢いよく始めたはいいものの、

高校の偏差値は48で、

僕自身の偏差値は35。

 

友達には「お前が上智なんて絶対無理笑」と言われ、

先生にも「キミじゃ厳しいから早いうちに諦めて堅実に行った方がいい」というアドバイスをいただき、

姉からも「勉強してこなかったおバカなんだから無理でしょ。まあ頑張ってみな笑」

という言葉をもらいました。

全てが謎だった

でもどうしたら良いのか分からなかったのです。

  • どうしたら学力が伸びるのか?
  • どうしたら効率的に学べるのか?
  • どうしたらもっと勉強に集中できるようになるのか?
  • どうしたら人に認められるのか?

などなど。

 

英語なんて中学レベルも読めない。

SVOCって何?

be動詞すらもよく分からない。

 

上智の過去問見てみたけど、何も読めないし、複雑。

1年で間に合うのか?本当に大丈夫なのか?

 

全てが謎でした。

 

高校は推薦で入ってしまったので、

今までの人生で本気で勉強するという機会が一度もなく、

本当にどうしたら良いか分からない状態でした。

 

当時は上智に入りたいという気持ちもありましたが、

バカにしてきた人を見返してやりたい」という気持ちが大きく

必死に勉強をしていました。

 

このメンタルは受験の後半期で変わることになりますが、

最初のスタートダッシュはコンプレックスのようなものから始まりましたね。

 

何も分からない、でも挑戦してみたい

そんな状態で、僕の大学受験は始まったのです。

次回に続く…

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